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リレーエッセイ 
すみれメンバーが毎月交替で執筆します

信じる道を歩きつづけて
〜96歳で旅立った母からのメッセージ〜
平成17年9月
杉田 成 

 昨年2月母は母自身の希望により大腸ガンの手術を受けました。術後は翌日から歩行訓練に励み、五分粥を食べるまでに回復、96歳の母の前向きな闘病生活に病院の皆様から「明治生まれの方の凛とした生き方に沢山のことを教えられました」と言っていただけるほど頑張りましたが残念ながら肺炎を併発、4月27日96歳11ヶ月を一期として天国へと旅立っていきました。
 母の遺した日記等を整理しながら母を支えた二つの大きな柱を見つけました。一つは女学校での「女性であっても大地にしっかりと脚をつけて常に前向きに学習し自信と誇りを持って生きていく」という教育、もう一つは専門学校在学中に出会った神との対話、19歳で受洗していました。
 昭和11年結婚、夫の勤務地である旧満州に渡り三人の子供に恵まれましたが、戦争という大きな試練を乗越えるとになりました。遺品の中に終戦直後の北朝鮮での抑留体験を記した回想録を見つけました。1945年8月ソ連の参戦に伴って始まった3人の子供を連れての避難。父はすでに戦地に取られており、5歳の私、3歳の妹、8ヶ月の弟をなんとしても日本に連れて帰りたいと「新京」を脱出する決心をした8月13日から1946年9月14日熊本に帰り着くまでの一年間の手記でした。
 亡くなるまで当時のことをあまり話してくれなかった母、やっと北朝鮮にたどりついて安心したのもつかの間二日後の終戦、長い抑留生活…9月には9ヶ月の弟の死「…みな戦争の犠牲者なのだ。戦場の兵士だけではない、この赤ん坊も命を賭けているのだ。…姉達を助けるために一人天国へ旅立った…神様この子をあなたの御手にゆだねますあなたのもとでいつまでも心清らかな童でいますように」と書いています。
 しかし、悲しんではいられません。満州での豊かな暮らしからは想像も出来ない極寒の北朝鮮での日々、子供達を襲うジフテリア、マラリアとの戦い。その日の糧を、暖を取る燃料を確保するための重労働。そして、野宿をしながら歩き続けた日々、幾つもの山を越え、橋のない大河を腰まで浸かって渡る「…祖国は近づいてくれない。一歩踏み出せば一歩近づく。この一歩一歩。天の助けか子供達はだまってついて歩いて来てくれた。」
 最後に「…私はこの抑留生活で考えてもみなかった様な体験をし、どれだけ鍛えられたことだろう。祈りも教えられた、成せば成るという言葉も身を持って教えられた。悲しかった、苦しかった、悔しかった、しかし私は泣かなかった、悲鳴も上げなかった。ただ私は自分の信じる道をひたすら歩きつづけて来たのだ…」と書いています。
 幾つになっても好奇心旺盛で新しい物に挑戦し、古文、太極拳、手話教室と皆さんとの交流を楽しんでいました。特に80歳からは始めた陶芸はちょっといびつな形、釉薬のなんとも言えない色合が母の手の温もりをそのまま写し取ったようで娘の私にはそれが世界に二つとない母の味でもあります。娘達の家には大小様々の食器、花瓶等母の作品で溢れています。
 でも娘達が一番愛したのはとってもお洒落な母の姿だったような気がします。「着物に袴、ブーツ。洋服に羽飾りの付いた帽子をステキに被ったモダンガール地で行く憧れの先生でした。」と教え子の方からよくうかがいました。
 「成子さんSOSですよ!」「私のほうがSOSよ!」とやり取りした母との電話。やっと工面した二万円の送金。一週間後実家を訪ねると新しい帽子を被って「成子さんありがとう。ステキでしょう!」。母のSOSは万事この調子、またやられたと妹と吹出してしまったことが懐かしく思い出される一年だったような気がします。
 今年、一周忌に合わせて母の手記を「信じる道を歩き続けて」と題して小冊子にまとめて皆様に読んでいただくことが出来ました。
 ワープロを打ちながら母の強さ、苦悩、そして愛の深さをひしひしと感じると同時に、何となく感じていた母との間に横たわる溝が何だったのか、手記の中に幾度となく出てくる私の名前、当時5歳の私は母にとって頼りになる'同志'でありその延長線上にあったのだと理解出来、沢山の母からのメッセージをしっかりと受け止めることが出来た作業でもありました。
 戦後60年新聞・テレビとも色々の特集が組まれています。母と同じように戦中戦後を様々の苦労を乗越えて生きぬいてこられた方々が今日の日本を支えて下さったのだとあらためて心から感謝すると共に、60年を経てやっと重い口を開かれた思いを私達は次の世代に確実に引き継がなければと強く心に誓ったところです。

                                             

       ☆似顔絵イラストは松藤真理子会員の作品です



              
   
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